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高取山で、孤高の人を偲ぶ。

 神戸の高取山へ行ってきました。
futaは今日もお留守番。

きっかけは新田次郎さんの「孤高の人」を読んだからです。(単純)
「孤高の人」は加藤文太郎という型破りな登山家を題材にした小説で、
登山に興味の無い人にもお勧めの本です。


20060616001403.jpg山頂から神戸空港方面を望む。ぼやけて殆ど見分けがつきませんが、神戸空港も肉眼では見えていました。
天気が良い時は関西空港~和歌山方面も見えるそうです。

20060616000917.jpg荒熊神社。
今回は荒熊神社側から登りました。一般的には育英高校と高取台中学校の間を抜けて高取大明神下から入るようです。
荒熊神社からの登山口は解りにくいのでお勧めは出来ませんが、人工的な階段よりも地道の方が歩きやすいので、私は次回もこちらを選択すると思います。




20060616000929.jpg荒熊神社からこの鳥居をくぐって高取山に向かいます。



20060616001151.jpg荒熊神社の側に祭られる春日神社




20060616001235.jpg六甲全山縦走路とは、JR塩屋から宝塚までの六甲山系を歩き通すコース。
全山縦走はホームページも存在ます。




20060616001321.jpg高取神社。

頂上へは更に階段を上って行きます。




20060616001523.jpg頂上に立つ標識。
個人の方が寄贈されたそうです。




20060616001454.jpg明石海峡大橋方面を望む。
 肉眼では見える大橋の橋脚もこの写真では見分けが困難。
加藤文太郎氏はこのような大橋の完成を想像したでしょうか?
「戦艦の設計も出来る技師」と「孤高の人」に書かれているほどの技師だったそうですから、この景色を見て架橋の姿を思い浮かべた事もあるのではないでしょうか?


高取山は余りにも整備されたお寺の参拝道だったので、加藤文太郎氏が「海が見たくなって登り始めたが、頂上までは後ろを振り向きもしないで登った」イメージを思い描く事は出来ませんでした。もっと「山らしい山」を想像していたのです。
ただ、同期生と上ってきて、水の代金代わりにその同期生がお寺に詩吟を納めるエピソードが書かれています。
もう少し空が晴れていたら違って見えたようには思いますが・・・。

〔全山縦走と加藤文太郎氏について〕
ある本によると、「加藤文太郎氏は20歳の時、和田岬の(会社の)寮を朝6時に出かけてからまた戻るまで、全行程100kmを17時間で歩き通し、夜の11時には寮に戻って居た」と云うのだから驚異ですね。(孤高の人にも幾度と無く登場するエピソードです)
この100kmと云う距離なのですが、手元の資料ではきちんと計れないので、国土地理院の地図を買ってきて計ってみたいと思います。縦走路だけで、65kmと云われていますから、100kmで収まるのかな?と疑問が湧きます。


さておき、人間の歩行速度が時速4kmとして、100kmなら25時間掛かる所を、たったの17時間でこなしている。しかも、時速4kmというのは平地での話。
距離だけを考えても、いかに超人的であるか解りますね。
それより17時間歩けますか?
私も高校生の時に塩屋~宝塚65km縦走をしましたが、12~14時間くらい掛かったと思います。
翌日、翌々日は体中全ての関節に太い針金を入れたような感覚でした。(重くて曲がらない)
20歳の頃、三宮から尼崎まで、よっぴで歩いた事もありますが(約45kmかな?)7時間掛かりました。
(その後ちゃんと仕事に行きましたよ)
その行程をたったの17時間でこなしてしまったのですね。普通の人なら縦走路だけで限界超えてます。

この小説、とても面白いのですが、伝記ではありません。
実在の加藤文太郎さんを題材にした架空の物語として読んだ方がよいようです
02 : 16 : 29 | 旅行・極小旅行 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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コメント
学生のころ読みました。
氷ノ山越あたりで遭難しそうになる話とか、
懐かしいです。


実は・・・
氷ノ山や扇ノ山は登ったことがありまして。
(15年以上前の話です)
by: こま * 2006/06/16 22:28 * URL [ 編集] | page top↑
こまさん まいど!

>学生のころ読みました。

新田次郎さんの代表作にして傑作なのですが、今回初めて読みました。
流行の本も良いのですが、たまにはこのような本も良いものですね。

>氷ノ山や扇ノ山は登ったことがありまして。

ほうほう。
登った事がおありでしたか。
私も氷ノ山にはお世話になりました。
今でこそ国際スキー場なども出来ておりますが、私が登っていた頃はまだそんなものはありませんでした。(え、わたし何歳?)

一回氷ノ山から凄いプレゼントをもらった事があります。
秋口に登った時、我々の居た頂上と鉢伏の頭より低い土地が全て雲海の下に沈んだのです。我々だけのために日の光が降り注いで、それはそれは感動的な景色でした。

氷ノ山では、年末にキスリングを担いで、シールを張ったスキーで山頂から遠征にも行きました。

青春の壱ページです。

by: nori * 2006/06/17 00:18 * URL [ 編集] | page top↑
それ、大好きな小説v-353
登山i-259、、、らしきことを全く経験なしの頃に出会った「孤高の人」
山というものをよく知らないけど感動でした。
新田次郎の本を読みふけったことも、、、^^;
で、、最近 e-102「単独行」という加藤文太郎さん著の本があるとしりました。
このあたりから 小説と現実の微妙なゆらぎ、、、に気持ちがひっかかるgorogoro
なんですが。。。
雨の季節には読書がいいなv-283
by: gorogoro * 2006/06/17 18:43 * URL [ 編集] | page top↑
gorogoroさん まいど!
>小説と現実の微妙なゆらぎ、、、

単独行は私も一回読んでみたいと思っています。
新田次郎氏も当然読んでいるでしょう。
彼は孤高の人を執筆するに当たって、花子夫人や外山技師(本名は遠山豊三郎氏)に会って直接話しを聞いたと解説にあります。
また、面白いのは、新田次郎さんがまだ気象庁の職員だった頃、富士山で加藤文太郎氏と会った事があり、その時の強烈な印象がこの登山家を選んだ理由だそうです。
小説中に出てくる富士山頂観測所の職員の内の一人がそうなのでしょうか?

実在の人を扱う小説は作家によって全く違う人間像になると思います。
いくつか点在する記録や記憶を想像によって繋いで行く作業は作家の想像=対象に対する感じ方によって大きく変わるでしょう。出てくる台詞も全く違うはずです。
(「点と線」と言う骨格に肉を付け皮を被せて人間に仕上げて行く感じだと思います。)それが揺らぎではないでしょうか?
本人にあった事があるのと無いのでは、そのペン先に現れる人間像そのものに大きな違いが出ると思います。

私はこの小説を読みながら、作家という人々はなぜこういう台詞が思いつくのか不思議に思ったり感心したりしていました。
by: nori * 2006/06/17 22:04 * URL [ 編集] | page top↑
そうそう、富士山頂観測所で一度だけ出会ってはる^^
加藤氏は 「平地を歩くように登っていった、、、」なんですよね、すごー!
ちょっとした勾配で負荷かかると たちまちへたってしまうgorogoroには超人的存在v-106
それから、、、
「孤高の人」は あくまでも山岳小説の最高峰だと思うv-263
真実を追究するドキュメンタリーを執筆された、、、のではなく。
by: gorogoro * 2006/06/17 23:15 * URL [ 編集] | page top↑

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